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直撃レポート!栗本が行く

【宮城県 阿部喜恵さん】の一日を密着リポート!

2017年03月10日 

20161220日取材=


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阿部喜恵さん≪経歴≫表示

 2016年 花の世界大会(空間デザイン部門)【金賞】+【最優秀色彩賞】受賞

 受賞作品「Toward the Future・未来へ」

 

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震災を風化させない活動と、花。

 

取材当日は、お昼から始まるお正月のアレンジ教室に同行させてもらった。

取材場所は“ビストロアンコール”というフランス料理のお店。

 

何故?

 

食事ができる場所でアレンジ教室?? というと、

フランスのビストロ(気軽な大衆レストランという意味らしい)での食事付(花材や器や持帰り用バック込)の少し贅沢なアレンジ教室だったのです。

 

アレンジレッスンに来られていたのは、合計10名の方々。最初はこのあとレッスンという雰囲気もなく、皆さん楽しく談笑されながら食事を楽しまれていました。

 

ただ、お店の片隅に丁寧に巻かれた花材達が鎮座している姿をみると、間違いなくこの後はお花のレッスンが始まるのだと想像できました。

 

 デザートを楽しんだあとに、阿部さんから「皆さんお食事楽しんでいただけましたか?

 

ではそろそろレッスンを始めますので、空いた器を少し端におきましょう!」というお声かけから、お正月飾り用の花器が配られ、松2種類、千両、一輪仕立てのマム3本とスプレーマム2本を配り・・・残念(泣) 精興園の品種ではなかった。・・・

 

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いよいよレッスンの開始です!最初に松を花器に対し、三日月形(クレセント)になるように活けて(松は長さと方向を決めたら、思い切って差し込み、差換えをしない。そうしないと、オアシスに大きな穴が空くので次が入りにくくなるそうです)ここの時点で、二度挿し禁止令が出ました。

 

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最初はレッスンを受ける人達の緊張した空気感は少しピリピリ・・・。

最終的に活けた花を持ち帰りバックに入れて帰る必要もあったので、大きく活けない様にしましょう!アドバイス(笑)

 

最初の2本の松を挿すまでは、全体の時間の中で結構かかっていました。

そんな中、阿部さんは一人一人の質問に長さやどういう感じにしたいのか?等を聞きながら丁寧に指導されていました。

 

 松が決まった後は、一輪仕立てのマムを松の間に挿すのですが、花の開き具合や向きが当然渡した人によって違うため、マム3本の配色は自分の好きなようにしてよいと言われました。

 

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最初は、阿部さんの作ったサンプルと同じように作ろうと皆さん意識して何度も観察していましたが、だんだん自分らしくて良いと思い始めたのか、花を挿すことに迷いがなくなってきました。

 

3つ目に活けるのは千両だったのですが、レッスン開始前に千両は新聞にくるんだまま足元に置いておくよう指示がありました。

 

千両は実が離れやすく、分枝した少し上に節がある為、挿すのには注意が必要ですと言われましたが、実はやはり何個か落ちてしまいした。

 

しかし、この頃には皆さん下隠の配置や全体の雰囲気も個性が出始め、皆さん自流の美しさが見え隠れし始めました。

 

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 ところが、最後のアクセントというか〆のスプレーマム2本を活けると全体像が決まってくるので( + 阿部さんがドイツ留学中に黄色は人の目を引くと言ったのも相まって)ここにきてまた皆さんがどう活けようか悩み始め、最後は皆さん阿部先生に聞きながら活けるという感じでした。

 

「フラワーアレンジ」って 奥が深い!!

 

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 今回のアレンジ教室参加の人達は、後で聞いた話ですが…少し余裕のある方々だそうです。


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花材に対する思いはスプレーの下の方は色がついていなくても、勿体ないから活けてあげたいという優しい気持ちで花を大切に扱われていました。

 

こんなに大切にしてもらえる事に気持ちがほっこりしました。

 

今回のアレンジ教室へは久し振りの参加の方もおられましたが、「やはり楽しい・・」という気持ちが膨らんできたのか、次のレッスンが2月にあることを聞くと、2月の申し込みをして帰る人もいらっしゃいました。

 

 これって、立派な花育の一環になるなと思いました。

 

 レッスン終了後は、岩沼市のご自宅兼お店に伺いました。


夕方5時を回っていたにも関わらず、お母様と従業員の方が忙しく働かれていました。

お邪魔して1時間もたたない内に、お母様は祭壇用の花を1つ(15,000円)と、花キューピット指定のお祝いの花(10,000)を迷いなく作られていました。

 

「すごいですね」と声をかけると、「何十年もやっていると、こうなりますよ」だそうです。

 

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流石です!

  

お母様の活けているのを見学していると喜恵さんから明日用の仙台供花ですと言われて見せられたスタンドは120,000だそうですが、これはどう安く見ても40,000円物にしか見えないものでした。

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これは、仙台供花という伝統のスタンドなようですが、基本的には、葬儀会社との提携はせず、個人的に阿部さんの所のお花を使いたいと言われた人の所へ配達するという形をとっているそうです。

 

 岩沼市に帰る途中にホームセンターに立ち寄ったのですが理由は、阿部さんは造花の花を使ったアレンジの為の教本作成をNFDに依頼され引き受けられており、その素材のカットをお願いされたようでした。

 

現在はその準備中で、お店の2階はレッスン会場兼胡蝶蘭と造花やプリザーブドフラワーの花たちの置き場となっていました。

 

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 造花は、昔のような“偽物です”といったイメージはなく、一瞬見ただけだと、本物かな?と思える仕上がりになっていました。

 

写真は正月飾り用の物で、本物と偽物があるのですが、写真でわかりますか?

 

時代と共に進んでいる技術を感じました。

 

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プリザーブドフラワーができた頃、キクは花に水分が多すぎるか何かの理由でできないと言われていました。

 

しかし、今回見せていただいたプリザーブドの中にキク(アナスタシアでした海外産なので・・・)がありました。

 

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バラ程の完成度ではないものの、キクができるようになったという事に正直驚きがありました。今後、どんな品種でもできるようになるかも知れません。

 



阿部喜恵さんとのご縁

 

帰りの道中に、阿部さんと精興園が繋がったきっかけは長崎のハウステンボスで行われた「花の世界大会」でしたが、その世界大会への出場について聞いてみました。

 

日本における予選は、4月に長崎ハウステンボスで行われたのですが、参加者は10人程度。

 

予選の審査日前日には予選作品はほぼ終了し、後は船の模型をおけば終わりだったのですが、阿部さんは前日起きた熊本での震度7の地震から何となく、模型の船はおろしておいて翌朝乗せようと思い、帰ったそうです。

 

そうするとその日の晩 もう一度地震があったそうです。

 

船をおいていたら、作品が壊れていたということになっていて、駄目になっていたのですから、阿部さんの感はすごい!! 強運を引き寄せているのが、話を聞いていてもわかります。

 

その予選の作品のタイトルは【それでも海が好き】だったのですが、その作品には当初から時期的にもカスミソウを多く使う構想だったようです。そのカスミソウは熊本の菊池産だったそうです。↓の作品名【それでも海が好き】

 

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予選の作品が【それでも海が好き】で、本審査作品が“未来へ”で震災のイメージを忘れないようにという強いメッセージが込められていた時、その花にキクを使いたいと最初から強く思い、精興園の8月の展示会に思いきって来て作品の提供協力を依頼されたのです。

 

審査結果は、金賞と最優秀色彩賞と2つも賞を受賞されました。

 

阿部さんに今回話を聞いた時に、作品を作るに当たり、私の作品は絶対賞を取るという意気込みを持って作品を作るそうです。そういう“思い”が作品に乗り移るそうです。まあ、予選・本選共に受賞した人の作品ですから、思いがどれだけ大事かはわかりますが、やはり阿部さん自身の腕のすごさは並大抵の事ではないのも事実です。

 

さて、ご両親がお店を始められるきっかけを聞きました。創業は1972年(昭和47年)1221日だそうです。

 

お花屋さんを始めようと思ったきっかけは、頼まれたお花を取りに行った時に、7~8分で作られた花が当時7,0008,000円していたので、いい儲けだなと思われたそうです。

 

その花を取りに行ったお店でお父さんは暫く修行され、もう大丈夫と思ってお店を始めたのが、取材翌日にあたり創業記念日(昭和471221日)だったという事でした。(なんという偶然!!)

 

お店を始めるにあたって、一人ではいけないと思い(何故か?までは聞きませんでしたが)知り合いのお嫁さんをもらったのが、今では頼りになるお母様です。

 

次に、私たち西日本に住む者としては、徐々に風化し始めている東北大震災の時のお話を少し聞きました。

 

地震の揺れはそれなりにひどかったそうですが、電気などが止まった程度だと思っていたそうです。

 

大きな被害も店はなかったので、翌日依頼されていた花を配達しにお父様が行かれて、主要道路が津波で水没していた事で、大きな地震だったと実感されたそうです。

 

23日経つと、お供え用の花を買い求めに来られる方が来られはじめ、時には車に我が子の棺をのせ、この子に花を手向けたいという方も来られたそうです。

 

握りしめて来られたお金は、水没しかけた免許証入れに入っていた人の物は赤く染まったり(宮城県からは赤い免許証入が配布される)していたりしたそうで、亡くなった親族にお花を供えたいという強い思いを感じたそうです。

 

震災後、お店を開いてはおられても、周囲の人達の顔は暗く沈んでいたので、何とかみんなに元気を取り戻してほしいという思いから、春のお彼岸に花を200組無料で配ろうとお父様が思いつかれたそうです。

 

その後、花を配るのをどうやって伝えようかと考え、地元のFM局で先着200名に渡しますよという放送を流してもらったら、開店前から200名以上の人が並んで待っておられたので、結局200名に限らず来られた方全員に花を配ったそうです。

 

東日本大震災から既に今年(2017年)は6年目です。徐々に復興というか町並み等の風景は元にもどりつつあるものの、やはり地震で身内を亡くされた方の気持ちは簡単に癒されるものではありません。

 

この取材記事を早く仕上げなければと思っていた矢先に、阿部さんから電話が入り、復興支援イベントでマムを使ったコサージュを作って皆さんにプレゼントしたいという内容でした。

 

マムの良さをもっと皆に知ってもらいたいので、協力して欲しいという要請の電話がかかりました。

 

そんな依頼だったので、精興園の品種を22品種(セイキルシュイエロー、セイキュラス、セイスピース、セイグレン、セイショウイー、サーモン・ゴールドシンディー風車、セイミレーヌ、セイサイラスオレンジ、セイエアリー、セイグリーンエピヌ、セイマリアージュ、セイマリアージュサーモン・ライト、セイマシューベージュ・オレンジ、セイカミン、セイカミンオレンジ、セイサッシュ、セイブルノ、セイアルテガ、セイカマユー)各10本をイノチオフローラから直送してもらいました。

 

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イベントは岩沼市の方の参加者が150名だったそうで、大盛況だったようです。

やはり、これも阿部さん自身の人柄の良さだと感じました。

マムの良さを広めて下さりいつも感謝しております。

 

 

阿部さんからのお礼のメール

 

お陰さまで昨日と一昨日と無事にデモンストレーションを終わらせてまいりました。

石巻50名、岩沼150名と多くのお客様にご参加頂き菊の魅力をお伝えしてまいりました。

色とりどりのピンポンマム、スパイダー咲きの菊に副色の菊と皆さん見たことの無い菊の数々に多くの歓声が上がりました。

 

子供たちの参加で場も盛り上がり

最後には 子供から

「先生に今日出会えてよかった、将来はフラワーデザイナーになりたい」との声もいただき胸が震える場面もありました。

 

【マム使用作品】

・バレンタイ ハートのボックスに菊とバルーン

・マムのうさぎ

・グリーンと副色のマムのウエディングブーケ

 

・マムをはじめ一本ずつ包んだものをまとめた花束


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最後には皆様に抽選で作品をお持ち帰り頂き大変喜ばれました。

 

今回もご協力いただきましてありがとうございました。

 

今後ともよろしくお願いいたします。

 

阿部園芸店 

 

阿部喜恵


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<取材~ホームページ掲載について>

昨年末(平成281220日)より、密着取材に快くご協力くださいましてありがとうございました。

当密着記事の掲載まで、数か月もの期間 お待たせすることとなりましたが、今後ともよろしくお願い致します。

 

取材:矢野志野布

編集:栗本定幸

 

 

東北地方、宮城県の一日も早い復旧復興と、阿部さんの益々のご発展を心よりお祈り申し上げます。


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【香川県 福家和仁さん】を 直撃リポート!

2014年04月10日 

 

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まず、第一回目は、香川県高松市香南町の福家和仁さんを訪ねました。
平成26年3月29日(土)
福山市内から車で1時間半。瀬戸大橋を渡り、高松空港にほど近い温暖な場所に福家さんの圃場はあります。周年栽培用鉄骨ハウス9棟に夏場のパイプハウス2棟を加え、全体の施設面積は1,850坪。「精の一世」「精興北雲」「神馬」とディスバッドマムを中心に年間60万本近く生産していらっしゃいます。
 


【経営概要】

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 すべては「菊」のために―
地力づくりはその基本。

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何事も「菊」の立場で考えてみるという福家さんは、土づくりに熱心だ。ハウス内の通路や畝間に敷き詰められたスーダングラスは、定植後の保湿性確保と抑草効果や地温維持を兼ねたマルチとして、毎作ごと100坪のハウスに175キロも裁断し撒いているという(25キロ巻きスーダングラス7本分)。栽培期間中に徐々に発酵させ(冬場はヌカも一緒に撒く)収穫後には一緒に鋤き込む。「これは、今作や次作のためじゃないんだ。ずっといい環境で菊を育ててやりたいからね…」そう語る福家さんは将来に向けた地力維持・確保も考えている。 
 
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 まず、元肥は毎作変え、土中の微生物に偏りが生じないようバランス保持できるようにしているという。加えて、作土の土質を見ながら、3~5年ごとにパワーショベルでの天地返しを欠かさず、5~6年に1度は必要に応じて客土も行うという。また、暗渠はすべてのハウスに3~4m感覚で設置している。

 

 

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マニュアルになんてできないから、
最初の灌水は人任せにしない。

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福家さんには、手伝って欲しいときだけ1日2~3時間からでも気軽に力を貸してくれる応援団が13人もいる。多くは高齢だが、皆何十年も福家さんを手伝ってきたベテラン達だ。なんでも心得ている彼らだが、定植後の最初の灌水だけは任せてもらえないという。

 

 その理由を福家さんに聞いてみた。「直挿しして直ぐの灌水は、その後の生育に大きく影響する。ここでしっかり根を張らせてやらないと、その後どんなに良い肥料や農薬を使ったり、シェードや電照を上手くコントロールしても、良い菊には育たない。生育当初の根の伸びは、開花まで影響する…。だから、手灌水で丁寧に行う必要がある。例えば、土表面に水が走るようなら、水圧を下げてじっくり土に浸み込むように丁寧に灌水しなくちゃいけないし、水浸みのよい土表面の状態なら水圧を上げても大丈夫だが、反面、灌水量が多くならないように気を配る必要がある…それらの感覚はマニュアルにはできないから、菊づくりに責任をもつ意味でも自分か親父でやることにしているんだ。」

 

 

 

節約は大切だけど、
惜しいんじゃいけないってことはある。

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定植したら、その上からポリフィルムを被覆する。急激な温度変化が起こりやすい3月から高温期の11月までは有孔ポリフィルムを使い、他の時期は0.02mmのポリフィルムだ。福家さんはこのポリフィルムを1回きりの使い捨てにしているという。「何より光の透過度や水滴の持ちが断然違う。おまけに仕事も早くできる。節約はしなくちゃいけないが、惜しんでばかりでは良い菊に育たないからね。」さらに福家さんは「夏場でも朝6時から9時の3時間と、夕方4時過ぎからの3時間は、目いっぱい陽を当ててやりたいんだ。暑くて焼けそうな昼間はシェードするけど、当てるときはしっかり当ててやる…だから、ポリフィルムの使い捨ても必要なんだ」と教えてくれた。 
 
 
 

自分の 「 菊 」 は愛おしいから、
甘やかさないんだ。

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福家さんは、灌水をできるだけ抑え、根を地中深くまでしっかり張らせるようにするという。写真のように地表が少しひび割れるくらいがちょうどいいらしく、灌水は夏場は7~12日間隔、冬場なら15~25日間隔で、地下深くまで水が浸透するようにたっぷり灌水する。
こうすれば、地中深くまで水を求めて根を張るから、夏期に立ち枯れを起こしやすい品種も大丈夫だという。「自分の「菊」が愛おしいからこそ、丈夫に育ててやりたいんだ」そう語る福家さんは、ちょっと葉がしおれて見えるディスバット・マムの葉を指さして、「これこそ、健康体の表現なんだ…」と教えてくれた。(写真A)
これは、葉が蒸散を抑えようとしている表れで、菊が自分で自分の身を守ろうとする防御反応のひとつ。こういう反応を示す菊は健康体である証拠らしい。実際にこのディスバット・マムは、気温の高い昼間はこのように葉がしおれ気味だが、朝のうちはパキっと元気だということだ。
毎日しっかり観察し、菊を愛おしく思っている福家さんだからこそ、その言葉には説得力があると感じた。
 
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大事なことは、
親父が背中で教えてくれた。

福家さんは高校時代に、地元の花市場を手伝っていたという。しかも無給だというからスゴイ。高校卒業後には、精興園での約1年間の研修経験もある。どちらも父親の勧めがあったから。そんな福家さんに父親をどう思っているか尋ねてみたくなった。
「反抗期なんてなかったんじゃないかな。両親の苦労はずっと見てきたし、姉弟3人とも家を手伝うのは当たり前だと思っていた。イヤと思ったことはない。もしかしたら、小さい頃は手伝いたくないと思ったことはあったかもしれないが、心底イヤだと感じたことは一度もない…。 親父が色んな壁にぶつかり、つまづきながら、失敗を重ねながら、苦労してきた姿を、僕は子供の頃から見てきた。だからこそ、自然に手伝いたいと思えたんだと思う…。」
さらに福家さんは、就農して菊を作るごとに、父親の凄さが身にしみたという。そして25歳のころ、『これは絶やしちゃいけないことなんだ。続ける価値のあることなんだ』と実感し、「父親を手伝う」から「父親を継ぐ」に腹がすわったと語った。
今、福家さんは、そんな父親の背中の大きさに怖さも感じているという。頼もしく、尊敬する父の背中だが、父の背負ってきた苦労や努力そして菊作りのノウハウを、本当に深く理解していないかもしれない…そう思うと、もっと勉強しなくちゃと怖くなるというのだ。
これは、偉大な父親をもつ息子の幸せと苦労なのかもしれない。
 
 
 
 

菊の本当の美しさを知ってほしい。
今こそ、フルブルーム・マムだと思う。

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 フルブルーム・マムは、通常出荷の採花後、圃場で満開に咲くまで7~10日待ち、1本ずつ丁寧に和紙で包み、タテ箱20本入りで出荷している。

 

 

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 福家さんは、フルブルーム・マムを出荷している。きっかけは多くの消費者に、菊の本当の美しさを知って欲しかったから。「花屋で時間が経って咲いてしまった花と、圃場で咲き誇った花の美しさは違うって気づいて欲しいんだ」と話す福家さんは、先人が満開菊の出荷にチャレンジしてきたことを知っている。「市場が厳しくなってきた今だからこそ、やっと時代が反応し始めたんだと思う。菊=葬儀のイメージが昔ほど強くないのもあって、フルブルーム・マムは、ダリヤのように使えると言ってもらえ始めた…。」という。
 「派手に見えるかもしれないけど、手間を惜しまず、フルブルーム・マムにチャレンジし続けるのは、新しい菊の使い道を市場に知ってもらうため。」そう語る福家さんは、あくまで次世代を冷静に考えている。

 最後に、精興園に対する要望をきいてみた―。
「うちのような規模の農家は、うちにしか出来ない特徴ある品種も必要なんだ。だから、到花週数が長くて、仕立て方がちょっと難しい品種が欲しい。時間や手間をかけて、自分らしい花を咲かせることが出来れば、うちを知ってもらう花として出していきたい…。」
そう、話してくれた福家さんの真剣な想いに応え、福家さんの菊作りを支えられるように、我々もしっかり頑張ります。
 
 
お忙しい中、長時間の取材に協力してくださった福家和仁さん、どうも有難うございました。とてもいい勉強になりました。
 
 
 
<取材エピソード>

訪問してすぐに、取材は息子に任せているといって、愛車のクラウンで去って行った父親の和幸氏ですが、後でこっそり息子さんに期待することは?と聞いてみると、「何にもないよ。普通でいいんだ。でも普通で居続けることが一番難しい。」とたったひとこと言われました。う~ん!やっぱりスゴイ親父さんだ!そう感じた取材でした。

 

 

「 直撃レポート!栗本が行く 」 が スタートしました!

2014年04月10日 

 

栗本自己紹介文・写真(モノクロ).jpg








 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第1回目の直撃レポートはこちらからどうぞ!

 http://www.seikoen-kiku.co.jp/info/201404/post-18.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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